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macpapa

Author:macpapa
埼玉県在住、亡き妻の残した3人の子供と祖母と暮らす5?歳。
力及ばず妻を守り抜くことができませんでしたが、亡き妻との約束「子供達を一人前に育てること」を守るために日々奮闘してます。
座右の銘は「日々是感謝」・・・何事にも感謝の心を持ちつつ、仕事、子育て、自分探しの旅を続けています。
※当ブログは、完全な個人的主観によって書かれており、いずれの団体とも関係ありません。また、ページ内に企業等の広告やスポンサーサイトの宣伝などが表示されることがありますが、これは当方の意図するものではありません。


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日本の父というか、日本の基礎を築いたのは誰かと聞かれたら、あなたは誰の名前をあげますか?

色々な答えが出るかと思いますが、私としては、やはり信長・秀吉・家康の3人は外せないんじゃないかと思います。

しかし、この3人がいれば、日本が統一できたのかというと、そうではないと思うのです。

偉業を達成させるためには、必ずサポートする者が出てくるものです。

そんな訳で、前置きが長くなりましたが、今日のお題は『日本の影の父』でいきたいと思います。

先に『日本の父』は誰かといえば『信長・秀吉・家康』の3人は外せないと言いましたが、家康公を尊敬する私としては、『日本の表の父』はやはり家康公が一番ふさわしいと思うのですが、ではその影のサポート役はと言うと、『石川数正』だと考えます。

この『石川数正』とは、誰ぞや?というと、家康公が竹千代と呼ばれていた幼少のころからの小姓として付いていた方なのですが、家康公が成人してからもずっと近従として活躍をしていた方です。

信長が明智光秀に本能寺で暗殺され、世の実権が秀吉に移ったころ、秀吉が目の上の瘤となった家康を、何とか懐柔しようと躍起になっていた時に、家康側の交渉人として度々使者に使われていた石川数正は、海千山千の秀吉の策略にがんじがらめになり、有名な『朝日姫との婚姻』が原因となって、徳川家を出奔してしまいます。

その後、数正は秀吉に拾われ、後に城持ち大名となるわけですが、このことが頑固一徹朴訥実直な三河武士にあるまじき行為として、裏切り者の汚名をかぶることになるのです。

しかし、この石川数正という人は、自分の欲の為に出奔したわけではありませんでした。

このまま秀吉と家康を対立させてしまうことは、日本の損失と考え、自ら秀吉の懐に飛び込み、ひたすら、秀吉と家康の対立をさせないように裏から働きかけたのです。

事実、朝日姫との婚姻問題が決着し、家康が秀吉の顔を立てて上洛し、秀吉の天下統一が完成したわけですが、この時に秀吉と家康が戦いになっていたら、いく万の命が失われていたか分かりません。

私を含め、現代に生きている何万という人間の命を救ったといっても過言ではありません。

また、石川数正はこのことを生涯口にすることなく、裏切り者の汚名を墓にまで持っていったのです。

自己保身にたけた人は大勢いますが、まさに男のなかの男ということで、『日本の影の父』と呼びたいと思っています。

死してなお、名を残す・・・、そんな人生を送りたいものですね。

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