No.10 閑話休題
2006 / 07 / 31 ( Mon )
堅苦しい話題か続いたので、ちょっと趣向を換えて、私のPC遍歴なんぞをば・・・( ̄〜 ̄)ξ。

私のPC歴は、今から約10年くらい前に始まります。

使い始めの機種は、アップルコンピュータのバワーマック7100/66AVというマシンでした。

当時パワーPCという最新のCPUを搭載し、初心者が何をトチ狂った!と言われるほどの贅沢な機種でした。

たしか、本体が28万円くらいで一枚5万円した16MB(!)のメモリを二枚増設し、元の16MBと併せて48MBだぁ!と方々に自慢したのを覚えています。

それに10万近くしたスキャナーとフォトショップ(たしかVER.3.0あたり)にイラストレータ(VER5.0あたり)、その他もろもろ取り揃えて、総額100万円近かった覚えがあります。

今の10万円もあれば全部揃ってしまうようなものを、車が買えるようなお金を出して買ったわけですから、正気の沙汰ではありませんよね(;^_^A

今でこそMACもWINも両刀使いで使っていますが、当時はMAC以外はパソコンにあらず!ってな感じではまっていました(^o^;。

しかし、いま思い返すと、アップルコンピュータが買収されるんじゃないかとか、様々な危機を乗り越えて、よくぞ今まで生き残ってきたなぁと思います。

iMacが大ブレークして奇跡の復活、iPodの大ヒット・・・。

本当に隔世の感があります。

マッキントッシュというマシンに夢を持ち続けた男たちに乾杯!ってな感じですかね。(^ .^)y-~~~
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No.8 生まれてきた意味2
2006 / 07 / 29 ( Sat )
人がなぜこの世に生まれてきたかということは、このブログの最初の記事で書きましたが、今回はもう少し掘り下げたいと思います。

私が私なりにスピリチュアルな世界に身を投じて学んだことは、人は、究極のところ、魂の修業するために、この世に生まれてくるのではないかということです。

その人それぞれの修業テーマをもち、そのテーマをいかに気付き、こなしたか・・・。

それが、更なる天界・幽界でのステージアップに繋がるのだそうです。

テーマは人それぞれでも、根底にあるものは『愛』とか『感謝』に代表される、自分以外への無償の愛情なのだそうです。

本来、人は神様の分霊(わけみたま)と言われ、みな親子兄弟みたいなものなのだそうです。

このおおもとの基本が忘れ去られているからこそ、人間同士が殺しあいをしたり、憎しみ合いをしたりするのだそうです。

怒りや憎しみ、悲しみ、苦しみという感情は、本来神様の分霊である私たちには無縁のものであったはずなのです。

他人を我が分身、我が家族と気付けば、自然と争いなどは無くなりますし、いつも笑って過ごせるはずです。

この世に生まれてきたことに感謝し、身の回りに起こることは、すべて自分に必要なこと、自分が招いているのだと自覚すべきだと思います。

苦しみや悲しみに押し潰されそうに感じている方・・・自分だけが不幸だと感じている方・・・、周りも皆同じです。

幸せそうに見える他人も、すべては自分を写している鏡だと思いましょう。

ほんの少し視点を変えて見るだけで、事態ががらりと変わるかもしれないですよ〓

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No.6 家康訓
2006 / 07 / 27 ( Thu )
人の一生は、重荷を負うて遠き道を行くがごとし。 急ぐべからず、不自由を常と思えば、さして不足はないものよ。       心に望みがおこらば困窮したときを思い出すべし。 堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え。勝つことばかり知って負くることを知らざれば害その身にいたる。おのれを責めて人を責むるな。          及ばざるは過ぎたるに勝るものぞ。

有名な徳川家康訓と言われる一節です。

個人的に山岡荘八さんの執筆による、小説徳川家康が大好きで、暇さえあれば読み返していたので、すっかり戦国時代通になってしまいました。(;^_^A

冒頭の家康訓と言われるものも、明治時代あたりに、他の人が創作したとの説がありますが、だれが言おうと良いものは良いということで、私は家康が言ったという説を採りたいと思います。

家康は言わずと知れた、徳川幕府の開祖であり、以後300年に渡る江戸時代の開祖でもあります。

皆さんは家康公に対してどんなイメージを持っていますか?

私は小説徳川家康で歴史を学んだせいか、家康公をとても尊敬しています。

併せて山岡荘八さんの書かれた小説徳川家康には、神様の言葉が随所に溢れているなぁと感じています。

それはやはり、ベースにあるものが天下万民に対する愛であり、戦いのない平和な時代に向かうこと、これのみに向かって描かれているということに尽きると思っています。

他の方が書かれた歴史小説は、家康公を腹黒いたぬき親父といった書き方をしていることが多いのですが、そんなことでは、死後300年もの間、徳川家が実権を握り続けることはできないと思うのです。

願いは一つ、天下万民の幸せを願ったからこその、徳川300年の栄華があったのだと思っています。

小説徳川家康については、とても一言では言い表わせないほどのものがありますので、機会があればまた書かせていただきますが、お時間があれば、一生に一度でいいですから、読破されることをお薦めいたします。

人生が大きく変わりますよ!

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No.5 運命・宿命・天命
2006 / 07 / 27 ( Thu )
悪いことが起こったとき、これは運命だから仕方ないだとか、運命だから避けようがないだとかと言う人がいますよね。

運命とは、例えると、丸いお盆の上に乗った茶わんのようなものだと言います。

茶わんはお盆の上を自由に動くことができますよね。

これと同じように、運命とは、その人間の考えや行動によって自由に決めることができるのだそうです。

つまり、悪いことばかりが起こることが自らの運命だと思っている人は、自ら悪い運命を招いているんだそうです。

宿命とは、運命より一段上の定め、例えれば先程の丸いお盆の縁、茶わんが落ちないように折り返されている部分を言うのだそうです。

運命とは違い、この部分は、それぞれの人間により、生まれる前から決まっているそうです。

ですから、例えば政治家になるという宿命(丸盆)に生まれた人は、その努力(茶わんの動き)により、単なる一議員で終わる人から、総理大臣になる人までの違い(運命)ができるのだそうです。

これら二つの定め以上のもの、人間がどうあがいてもどうにもならないものが天命と呼ばれるものだそうです。

これは例えれば、丸盆を持つ手というか、いわゆる人間にはどうすることもできない分野の話になるそうです。

見えない力に導かれるようにして起こる出来事と言ったほうが分かりやすいかもしれないですね。

運命は変えることができます。良い運命にするのも、悪い運命にするのも、すべては自らが招いていることなのです。
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No.3人が生まれくる意味
2006 / 07 / 21 ( Fri )
人は何故この世に生を受け、何を目的に生きるのか?ということを考え始めた時、ある本と出会いました。

その名前は『ツインソウル』という本で、作者は『飯田史彦』先生という方です。

内容は詳しくは申し上げませんが、臨死体験での不思議な経験を、冷静に、また時に科学的に解説されている本です。

その中の一節に、とてもひかれる記述がありました。

臨死を迎えた時に、体から魂というか、何かが抜け出た状態となって、ああ自分は死んだのだなと思った時に、まばゆいばかりの光に包まれ、その光にこう問われたそうです。

『十分に学んだか?十分に人を愛したか?十分に使命を果たしたか?』と・・・。

とてもシンプルな質問ですが、反面とってもふか〜い意味のある質問だと感じました。

学び・愛し・使命を果たす…いくつになっても、どんな地位に着こうが、ゴールはまだまだ先なんだなと思った一節でした。


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No.2生まれてきた意味
2006 / 07 / 20 ( Thu )
皆さんは、自分が何故この世に生を受けたかということを考えたことがありますか?

究極のところ、人は何故生まれ、何を目的に人生を全うすればいいのか?

私は35歳を過ぎた頃から、とある人にこの問いを受け、今だに明確な答えが出せずにいます。

今でこそ、平均寿命が80を過ぎようとしていますが、つい最近まで、人生50歳と言われていたことを考えれば、四十路を過ぎた今、未だ人生の目的が分からないという現実を知らされて愕然となってしまいました。

皆さんは自分が何のために生まれてきたかと考えたことがありますか?
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